そらま、昔のことなんだけど。

それでも思い出して泣きたくなる時もあんのよ。

たまにだけど。




小人の靴屋




バカなやつらと毎日バカみたいに笑って航海している。

こんなにも楽しいのに、静かな夜にはベルメールさんを思い出してちょっと感傷に浸ってしまう。

昼間の騒々しさとのギャップが、妙に私をセンチメンタルな気分にさせるのか。

今は幸せなのに、あの時の事を思い出すと

やっぱり、ちょっとしんみりする。


や、今が幸せだからこそ、あの頃の辛さとのギャップに

心が追いつかなくて、不必要に感情が揺れ動いてしまうのかもしれないけれど。


そうやって心が揺れている時に、一人でベッドに潜ってしまうと

大変シャクであるが、泣きはらして翌日目が赤い、なんて事に

更には、昨日ちょっと眠れなかっただけよ、などとあいつらに言い訳せねばならなくなる。

明日には新しい島に着く予定だし、そいつ(赤目)はちょっと勘弁願いたいのである。



「ん、ラウンジに行こう。」



ラウンジに行って誰かがいれば、感傷気分は今日のところはどこかへ行くだろう。

誰もいなかったら、そん時はまた戻ってきて、仕方ない、翌日ウサギ目覚悟でベッドに潜り込んでやろう。



そう心に決めてラウンジに向かうと、倉庫の天井から光がこぼれていたので

ひとまずこれで、明日は赤い目をして島を観光しなくて済んだわ、と思った。



さて、中には誰がいるのやら。



ドアを開けると、光の筋が飛び出した。


「あ、サンジくん。」


光に埋もれてラウンジの椅子に腰掛けていたのは

男のクセに髪に天使の輪っかなんか作っちゃってたサンジくんで、その後すぐ


「なんだ、寝てんのか・・・。」


と言う事に気付いた。

テーブルに突っ伏してぴくりとも動かないのだ。



ふむ、どうやら彼は明日の朝食の仕込を終わらせ、お皿を洗う前に一息ついて、寝てしまったらしい、

と言う事が、キッチンの流しに積まれた皿と、仕込みに使ったと思われる器具から見て取れた。



「ふーん、サンジくんでも疲れるのかしら。」



私はどうもあの三人を人間とは思っていないフシがある、というか思えない。

三人とは言うまでもなく、この船の船長と剣豪、そして料理人のことである。

強さも回復力もとにかく人並みはずれている。

こいつらは疲れってもんを知らないのか、と毎日呆れるのだ。



「うーん、やっぱり人間だったのね・・・。」



変なところでこいつらが(この場合サンジくんだけだが)

私やウソップと同じ人間である事を認識してしまった。


それはさておき、

さて、どうしたものか。

人が居れば気晴らしが出来るかと思って来たけれど、寝ていたんじゃあ話もできない。

しかし、珍しくうっかり寝てしまったっぽい彼を起こすのは、さすがに忍びない。

(これがゾロなら、あんた寝すぎなのよ、と迷わず叩き起こすところだが)

かと言ってこのまま部屋に帰れば、またセンチメンタルな気分になってしまうのかと思うと

それも出来ない。



で、悩んだ私はどうしたかっつうと、


彼が残した仕事を片付けるのだった。

つまりは皿洗いをしているのだった。


彼の仕事も減るし、私も少しは気分を紛らわせられる。

一石二鳥だ。

ただしタダ働きはイヤなので、明日請求書をつきつけてやる予定。


水が跳ねる音、スポンジとガラスの摩擦音、

結構な音を立てて洗っているにも関わらず、彼は起きそうにない。

意外だけどやっぱり疲れてんのかしら。



ちょっと大きい音が出る度に、

あ、起きたかな

と思って後ろを振り返るけれど、彼は頭を垂れたまま。


そんな事を繰り返していたら、なかなかスリルがあってドキドキしてきた。


泥棒稼業をやっていた時に味わっていたような、不快で不安なスリルとはまた別の感じ。

やけに楽しい、ウキウキと背中あわせ。



ふと

この際、請求書はいいから、彼に気付かれずにお皿を洗って立ち去ろう

と思ったのだ。



起きたら、誰かがお皿を洗ってくれているけれど

それが誰か、彼はわからないのだ。

なかなか面白そうではないか。

明日の朝、彼の反応が見物だ。



彼は、自分が寝ぼけながらやったと思うだろうか。

それとも、単刀直入に誰がお皿を洗ったか聞いてくるだろうか。

何も言わずに、それとなく様子を探るだろうか。



どんな反応をするにせよ、私は一人それを見てほくそ笑むのである。



ふふふ、とこっそり笑って

私はまんまと彼に気付かれる事なく、濡れた手をタオルで拭いてラウンジを後にしたのだった。







次の日彼は、何か言いたそうな顔をしながらみんなに朝ご飯を給仕し

しかし、結局何も言わなかったのであった。


よく考えたら、昨日お皿を洗ったかどうかを聞かれたら

どうやって返答するか考えてなかったので、ちょっと安心しながらも

なんとなく残念だったのが本音だ。



でもまぁ、彼がどんな反応をするのか

あれこれ考えながら昨晩ベッドに潜ったので、

島の観光は、泣きはらした目を気にするなんてことはなくて済んだ。

それだけでも収穫だったと思おう。



夕方船に戻ると、甲板でチョッパーが何やら目をきらきら輝かせながら本を読んでいたので

何読んでんの、と覗き込んだら


サンジが島で買ってきてくれたんだ、この話、すげぇんだぞ、と嬉しそうに本の内容を話してくれた。


その内容があんまりおかしくて、私は思わず笑ってしまったのである。

そうだ、彼は妙なところでリアリストであるが

オールブルーを夢見ちゃうような案外なロマンチストでもあったのだ。

うん、思い出した。


「ちょっとちょっと、感性を育むってのは大事なんだぜ、ナミさん。」


と、彼は私が笑った理由を勘違いしていたらしく、慌てて取り繕っていたけれど。


「なぁナミ、この話本当なのか?」

「ふふっ、本当よ。実はこの船にもいるんだから、こびと。」

「す、すげーっ!」


サンジくんは私の返答を聞いて、頭のてっぺんに「?」を、

顔には驚きの表情を浮かべていて

私はまた、くっくっと笑ってしまったのだった。




まったく、彼の反応は期待以上だったのである。




ああ、そう言えばこの本のタイトル、何ていうのかしら。





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童話「小人の靴屋」ですね。寝てる間に小人が靴を作ってくれるっちゅうやつ。
ドラえもんの道具のネタにも使われてた、あれ。
まあ、サンジが本気で小人がやってくれたと思ったかどうかは置いといて。
そう言う話があったなーと思い出して、買っちゃったんじゃないですかね、本。
ノースブルーにこの童話あんのかどうか知らんけど。
どうもノースブルーのノーランドの寓話(?)とかオールブルーとかの関連で
サンジには結構夢見がちと言うか、ロマンチストなイメージがあるんだな、私には。
女部屋からラウンジへは一回外に出るはずですが、
船の見張り番はどこ行ったんでしょうね(自分で書いといて何だ)




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