**雨に降られた洗濯物**





それは別に恋とか甘いモンじゃない、と思うのよね。



多分、私はただチヤホヤされてるのが好きなだけなのよ。

だから、チヤホヤしてくれる「人」が好きって訳じゃないと思うのよ、そう多分。



だから、この、ちょっと嬉しい気持ちとか、いつもよりほんのちょっと早くなる鼓動とか、

何を期待しているのか分からないけど、心の隅で何かを期待していたりするのは、別にその人自身に向けられてる訳じゃないと、思う。

あくまで、その「行為」に私は少なからず残っている女心をくすぐられ、その感覚に酔っているのだと、思う。


ていうか、思いたい。





「ナミさん、今日のおやつは何がいい?やっぱりみかん使った方がいい?」





甲板で天候と風向きを見ている私に、いつも通りの質問。

なんか、毎日何かにつけては質問攻めにあっているような気がするけれど、

それは果たして、彼が私の事を気にかけてくれているからなのか、それとも彼がコックという立場だからなのか。




「そうねー、みかんゼリーとか食べたいかも。」


「アイアイサ〜」




軽く返事をすると、洗濯物を両手いっぱいに抱えて浴室へと消えていった。

彼はコックと言う立場上、ご飯の用意やら片付けやらで忙しいのに

「洗濯物は各自自分で」というこの船の暗黙の了解まである上に、男どもは船の見張り番も回ってくるので

とても大変なんではなかろうかと思うんだけど

彼自身はそんな事微塵も感じさせずに毎日毎日、うっれしそうに料理するもんだから何も言えない。



せめて洗濯物でも片付けてやっか、と思わないでもないが

そんな事したらまるで私が彼に好意を寄せているようでイヤだし

何分、私はプライドが高い。そういう風に思われるのはなんだか弱みを見せるようでイヤなのだ。

彼を少なからずつけあがらせるような気もするし。



そう思うのは、結局、私が、


彼に


ずっと構っていて欲しいと思っているからなのかしら、などと思っては

さっきのように、



イヤイヤ、私はその行為自体に酔っているのであって

彼に酔っている訳じゃ、全然、ないのよ、

などと言い聞かせていたりするのだ。





言い聞かせている





と思った時点で、なんだか負けている気がした。






クルーの中では割と衣装持ちな方の彼は、まだ浴室から出てこない。

日頃忙しくて、洗濯物溜め込んじゃってるもんだから、きっとまだまだ出てこない。



私が浴室の扉越しに彼の鼻歌を聞いてるなんてこと、彼は知らない。

私のこんな気持ちも、当然知らない、知る由もない。





なんだか、いきなり浴室に入っていって、呑気に鼻歌歌ってる彼に後ろから抱きついてやりたいような衝動に駆られた。





まぁ、プライド高いからやらないんだけど。


もし、そうしたら、彼は一体どんな顔すんのかしら、とか想像したら

想像の彼があんまり可愛かったもんで、一瞬顔が笑ってしまうのだけれど

逆に現実の彼の反応にがっかりするんじゃないのかしらと、ちょっと思った。




ていうか、がっかりって。

なんか、これじゃあ、完全に、私が、負けているような気がする。




その後、彼が浴室から出る頃には私は、キッチンでチェアに座って新聞を眺め

おやつを作る彼の鼻歌を今度は新聞越しに聞き、
(ゼリーが固まるまで彼は夕食の下準備もしていて本当に大変そうなのに、やっぱり嬉しそうだった)

そのおやつのみかんゼリーを食べ、開け放されたキッチンの扉の向こうでハタめく彼のシャツが増えてゆくのを見ながら、

また彼の鼻歌を聞くのだった。



私には馴染みのないその歌は、

彼が子供の頃居たと言う、ノースブルーの歌なのか。

はたまた、彼の自作だろうか。


妙に耳に残るのは、メロディが私好みだからなのか。

それとも彼の声だからなのか。



どちらにせよ、その歌に頭の中を占領された気分。

声って、聞きたくなくても聞こえてしまうから、ずるいとその時思った。




夕焼け色したゼリーを食べながら、そう言えばさっき天候を見た時

ちょっとシケそうだったのを思い出した。





「ナミさ〜ん、美味しい?」





でも、洗濯物の影から覗いた彼の顔があんまり可愛い顔して、今の天候みたいに晴れ晴れと笑っていたので、





「美味しいわよ。」





としか言えなかったのよ。

ごめんね。



それは別に恋とか甘いモンじゃない、と思ったのに、ね。

ゼリーは甘くて、中身のみかんは少し酸っぱかった。



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